2019年04月01日

自分らしく過ごせています。

ひまわりに行き始めて間もないですが日々あたたかく接していただき感謝の気持ちしかありません。

何より良くも悪くも息子のはっきりとした喜怒哀楽が以前よりも増えていると感じる今日この頃です。

きっと、ひまわりで自分らしく過ごさせていただいているからだと思います。
親子共に今後もよろしくお願いします。

保護者A
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2019年03月16日

【保護者の不登校体験記】

 息子は小学5年生夏休み明けから不登校になりました。突然の異変に家庭は混乱し、途方に暮れる日々でしたが、その後はたくさんの方々にご支援いただきながら、一年かけて学校復帰を果たすことができました。小学校卒業式、壇上で卒業証書を受け取る息子の姿は誇らしく、生涯忘れることはないでしょう。
 不登校の大きな原因は、3年生2月から通い始めた中学受験塾でのハードな勉強で心身ともに疲弊していたこと。学校担任の画一的で厳しい指導が合わず、悩み苦しんでいたこと。家庭でそれらを受け止められずにさらに追いつめてしまい、親に対する不信感が募ってしまったこと。真面目で完璧主義である息子は限界まで頑張り、動けなくなりました。十歳の子供が大人を全く信頼できなくなり、生きる気力を失いました。我が子をこんな状態にまで追いつめたと知り、親失格と自らを責める日々でした。この思いは未だ拭えませんが、過去は変えられない、未来はわからない、今すべき事をやるしかないと考えを改めて日々過ごしてきました。
 当時、息子には対人恐怖症状があり、また不登校である事に負い目を感じて、全く外出できなくなりました。回復のためには家族以外の人との交流が必要と感じ、偶然見つけたフリースクールになんとか連れていきました。家では食欲もなく好きなものしか食べなかった息子が同年代の子供たちに混ざり、頑張ってコンビニのお握りを頬張る姿を見て涙が溢れました。なんとか外の世界に触れさせようと思いました。元公立小学校校長を努め上げたフリースクールの校長先生は経験豊富な方で、息子に合う指導を短時間で見つけて即実践してくださったのです。
 トラブルがあった学校担任とは距離を置き、児童支援専任の先生に家庭訪問と電話でご指導いただく事で、学校とは負担にならない距離を保ちました。学校に対して恐怖心があり、近寄ることさえできなくなっていましたが、私たち親の“学校復帰させたい”という思いは強く、学校側からも最大限のご理解、ご支援をいただくことができました。
 解決の手がかりを見つけようと、本やインターネット、あらゆる伝手を辿って情報を集めました。発達障害という言葉も頭をよぎりましたが、10年間育ててきた母親としては“何か違う”と感じていました。そんな中、HSC(highly sensitive child)というアメリカの心理学者が提唱した概念に息子の気質、困り事が当てはまることを知り、謎が解けたようでした。これを踏まえた上で息子に接する事は、母親として大きな前進となったようです。
 週三日のフリースクールに慣れるまで時間がかかりましたが、次第に息子の居場所になっていきました。何気ないやり取りの中で子供と全力で向き合い、ありのままを受け入れてくださった先生方によって、息子の傷は徐々に癒され、再び歩き出すエネルギーを蓄えていきました。今思い返すと、フリースクール登校の一日一日が内容の濃い貴重な経験となっていたようです。様々な境遇で頑張っているたくさんのお母さん達とも出会い、私も母としてまだまだ頑張れると思うようになりました。

 フリースクールと並行して横浜市適応教室ハートフルスペース(週一)にも通いました。次年度の準備として、毎日登校するハートフルルームの見学にも行きました。学校以外の選択肢も与え、息子が自分の居場所を選ぶ形にしたのです。その結果は、“学校に戻りたい”と感じたようでした。
 六年生になり気持ちの切り替えができ、新しい担任との出会いで学校への恐怖心が和らいでいきましたが、長い間休んでしまったクラスに復帰するまでには時間が掛かりました。息子は修学旅行に参加したいという思いがあり、これを目標に先生方が上手く導いてくださいました。六月初め、ありったけの勇気をふり絞り、日光修学旅行に参加することができたのです。先生方の完璧なバックアップもあり、予想以上に楽しい思い出ができたようでした。その後は立ち止まる時もありましたが、息子のペースで納得しながら復帰の道を辿り、不登校になってからちょうど一年後、再びランドセルを背負って、以前のように登校することができたのです。六年生後半は小学校生活で最も充実した時間を過ごしたようでした。“普通の学校生活が自分には大きな幸せをもたらしてくれる”と卒業文集に記してありました。お世話になった先生方に伝えたメッセージは、“ずっと味方でいてくれてありがとうございました”。周囲の無理解で傷つけられた息子は、たくさんの人々の余りある愛情で立ち直ることができたのです。
 親ができたことは、息子に必要と思われる環境を用意して、あとはひたすら見守ることでした。不登校は子供の問題だけでなく、親の問題でもあったようです。不登校のきっかけとなった問題、それまでに積み重なってできた背景にある問題、両者を解決しなければ完治には至らないのです。これまでの固定観念から脱却して子供を見つめ直し、我が子の素敵なところをたくさん見つける、そんなシンプルな日々の積み重ねが、問題解決への近道なのかもしれません。これからも心がけて過ごしていこうと思っています。
 小学校卒業後、父親の転勤に伴い海外に渡り、八か月が経ちました。多くの試練もありましたが、予想以上の成長を遂げ、言葉、文化の異なる環境下で逞しく前進しています。
学校では楽しい事もつらい事もある、それでも自分は学校に行く事を選ぶ。毎朝登校する息子の姿からは、そんな決意が感じられます。もう不登校の母も卒業かなと嬉しく思うこの頃です。これから息子はどんな道を歩んでいくのでしょうか。人生にはたくさんの選択肢があり、どれが正解とは言えない。唯一正解があるとすれば、自分で選んだ道なのでしょう。これからも、時には立ち止まり、回り道もして、息子の前を走ることなく並走しながら見守っていきたいと思っています。
 最後に、不登校の子供を抱えた母親は孤独でしたが、一人で抱え込まずに助けを求めると、たくさんの方々が手を差し伸べてくださいました。この躓きは親にとっても成長の糧であり、つらい経験ばかりではなかったようです。息子が立ち上がり、ゆっくりと歩き出した様は、赤ちゃんが歩き始めた時の喜びと感動を再び味わったような忘れられない思い出となっています。私たち親子にとって避けては通れない貴重な時間だったのです。

 この問題は家庭内だけで解決できるものではありませんでした。これまで私たち親子を様々な形で支援してくださった方々に、心から感謝いたします。ありがとうございました。そして今現在、問題と対峙しているご家庭に少しでもお役に立てればと思い、この体験記を綴りました。
posted by 保護者の声 at 11:47 | Comment(0) | 日記